冨嶽三十六景

葛飾北斎(1760–1849)がこのシリーズを描きはじめたのは、七十歳ごろのことである。『冨嶽三十六景』は 1830 年から 1833 年ごろにかけて刊行され、版元は西村屋与八(永寿堂)。もとは三十六図だったが、評判を呼んで十図が追加され、あわせて四十六図となった。

同じ山を、四十六通りに見る。富士が主役のこともあれば、漁師や旅人、職人、町の日常の彼方に置かれた小さな三角にすぎないこともある。

このシリーズは、当時ヨーロッパから輸入されたプルシアンブルー、いわゆる「ベロ藍」をふんだんに使っている。このページはその藍の上に敷いてあり、光は画だけである。

「暁」から「夕陽」へ

六図の題名には、時刻や天気が書かれている。題名の文字どおりに並べると、夜明けから日没まで歩くことになる。

暁

甲州伊沢暁

「暁」、夜が明けようとするころ。

旦

礫川雪ノ旦

「雪ノ旦」、雪の降ったあとの朝。

凱風快晴

凱風快晴

「凱風」は南風、「快晴」は雲ひとつない晴れ。

白雨

山下白雨

「白雨」、にわかに降りだす雨。

浪

神奈川沖浪裏

「沖浪裏」、沖の波の下。

夕陽

御厩川岸より両国橋夕陽見

御厩川岸から、両国橋の夕陽を見る。

四十六図

シリーズのすべてがここにある。どの図もクリックすると大きく見られる。この並びはシリーズ本来の順番ではない。

年代
描かれた場所
所蔵
Credit
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